アドルフ.ロース設計の家

ミュラー邸北側外観

  アドルフ・ロースという建築家について私はほとんど知らなかった。
  学生の時習った近代建築史の中での「装飾は罪悪である」云々という言葉と、 竣工当時に物議を醸したウィーン王宮広場前のロースハウスぐらいのものである。 そのロースハウスにしても、15年ほど前に、実物を外からだけだが見たけれど、 ル・コルビュジエら以降のモダニズムにどっぷりつかっている者にとっては、 歴史的意義を感じなければ、なんら感激を覚えないようなものなのである。 モダニストの目からすると、「less is more」を唱えたミース・ファン・デル・ローエほどすっきりもしていないし、 見学当時華々しきポストモダンになれた装飾過多の目からすると、少し淋しい感じがしたものである。 「装飾は罪悪である」という言葉からすると、中途半端に感じたのである。内部も見ていたら違った感慨もあったかもしれないが・・・・。

  ひょんなことから、ミュラー邸を見る機会を得た。チェコのプラハ郊外である。
  路面電車の停留所から見上げると急な傾斜地の途中にそれは建っていた。 外観はロースハウスのように中途半端に装飾されていなく、モダニズムそのものである。 黄色い窓が印象的である。今年竣工したんですと言われてもおかしくないぐらい現代的なのである。 欄間窓のシノワズリー的格子が少し時代を感じさせるぐらいであった。

ミュラー邸エントランスホール

  青い塗装を施した天井の低いエントランスホールで見学の手続きをする。そのホールからはこの邸宅の重要な部屋は全く見えない。 案内を受けて、エントランスホール右手の頭を打ちそうな低い天井の階段から半階上へ向かった。 そこは、1.5階分の天井高さと間口一杯の大きさのあるリビングであった。 全く先を見せなくて、低い空間から高い空間へアプローチすると感じる開放感の効果がすばらしい。 京都の修学院離宮の上茶屋にアプローチする大刈り込みの間の小道を思い出した。 そう、非常に日本的な空間なのである。入口から入ったらすぐ大きな吹抜がある西洋館のそれではない。 秘すれば花の日本の心である。
  2次元媒体では、この空間体験は絶対と言っていいほど感じることはできない。 現地に行ったものだけが味わえる空間感覚である。

ミュラー邸リビングからダイニングを望む

ミュラー邸 リビングから半階上のダイニングを望む

ミュラー邸リビング

右手のニッチから左に降りるとエントランスホール
ニッチ上部はミュラー夫人私室の室内窓
石の手すり壁の裏に階段がある

ミュラー邸ダイニングからリビングを望む

ダイニングから望むリビング
石の手すり壁は壁勝ちである

ミュラー邸夫人私室

ミュラー夫人私室

ミュラー邸サマーダイニング・和室

サマーダイニングルーム

  そのリビングからさらに半階上がったところが、ダイニングである。 先程のホールとリビングの関係とは違い、空間が相互に繋がっている。見事なまでのモダンリビングである。

  空間をひとしきり味わった後の感想は、なんて装飾的なんだということである。
  「装飾は罪悪である」ではなかったのか。
確かに、石のディテールは壁勝ちであり、見え掛かり上不用な線を消すような構成を取っていたりして、 当時主流のバロック的建築や同時代でも装飾的なアールヌーボー建築からすると、シンプルである。 が、しかし現代の者から見ると、非常に装飾的なのである。 美は絶対的なものかもしれないが、美的感覚は相対的なものなのだと感じた。

  もう一つ見てほしいのが、ミュラー夫人専用の部屋である。 6帖ほどの小部屋なのだが、その空間構成は、この邸宅の中で一番と言っていいほど複雑である。 ニッチ上になったシッティングスペースが部屋の端に2ヵ所あり、その床レベルも違う。 先程の1階ホールとアプローチ階段の上にあるために必然的にできた空間なのかもしれないが、 それはそれは居心地がよさそうな空間なのである。 男性的なモダニズムではなく、極めて女性的かつ装飾的なのである。

  1928年に設計依頼を受けて、1930年60才の時に竣工したこのミュラー邸は、 61才ぐらいから神経症で入退院を繰り返していて、62才でウィーン郊外のサナトリウムで亡くなったロースにすれば、晩年の作品と言えよう。 竣工当時、記者との談話の中で、 「空間の相互作用と空間の厳格さは、今までの所、このミュラー邸で最も実現できている。」 と語っているが、実際に、本人にとっても最高の作品であったことが伺いとれる。

  奇しくも同年(1930年)にミースが同じチェコのブルノにトゥーゲントハット邸(世界遺産)を創っている。 そのあくまでもシンプルな構成に対して、このミュラー邸は外観から見た印象とは違い、内部は極めて装飾的である。 しかし、すぐれたモダニズム建築のさきがけの1つとして、もう少し、陽の目を受けてもいいのではないかと思う。

  広々とした屋上にでる手前に、ピンクの畳を敷いた部屋があった。もちろん土足である。 夏の間の食堂として使われていたらしい。壁には、浮世絵が飾ってあった。 少し腑に落ちた感じがした。

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