奈良町の町並み

 いろいろあって心ざわめく日、ふと思いたち降り立ったのはJR奈良駅。緩やかな坂の三条通りを、 柳の揺れる猿沢池に向かって東へ。奈良時代、帝の寵愛を失った采女がこの池に入水した伝説があり、 畔にはこの采女を祀る神社が建つ。この池の南に広がるところが奈良町(ならまち)と言われるところ。 けれど、住所表示にはないのが奈良町。

奈良町

 奈良時代、飛鳥にあった飛鳥寺がこの地に移され「元興寺」(世界遺産)と名を変えて隆盛を誇った ところで、広大だった境内に長い歴史のなかで町人が営みをはじめて作られた町。軽自動車や自転車が 精一杯の路地もある町中を、ふらりふらりと歩く。長屋門に掛けられた暖簾が、こびる事無く私を誘う。 ここが福智院町にある「今西家」。室町時代の書院は重要文化財。吸い込まれるように暖簾をくぐり石畳 を踏んで土間に足を落とす。杉柾目の間に座り、ここで暮らせれば日々の思い煩いなど小さく思える器量 の人になれるかも知れないのになぁ、などと実現しそうもない事を思う。

今西家住宅

格子の家

 今西家を後にして、再び町を彷徨う。元興寺町の「ならまち格子の家」は、通りから店の間、中の間、奥 の間があり、中庭を挟み離れと蔵が続き、鰻の寝床といわれる町屋が再現されている。離れへとつながる 渡り廊下は磨き上げられた板張りで、歩幅を大きく取るとツルリと滑るのでやや摺り足で静かに歩く。立 ち居振る舞いは、親や身近な人と共に家が躾ると再び確かめる時。

 通りに戻れば目に飛び込む紅色の庚申さんと呼ばれる身代わり猿。その昔、流行った疫病が鎮まるよう 元興寺の僧が念願すると申の年申の日に治まったといわれている。そこから始まった信仰の庚申講で、 災いを代わりに受けてくれると言う猿をかたどったもの。厨子二階(つしにかい)、虫籠窓(むしこまど)、 格子窓、掃き濯がれた玄関先だからこそ映える紅色の身代わり猿。この町も、家の形や色彩など町づくり には規制があり、結構気遣いしながらの暮らしなはず。けれど、清しく揺れる暖簾、郵便屋さんのバイク の音、ちょっとご近所へお使いに行くお母さんの同士の会話、黙々と物づくりする職人さんの姿、豆を計 り売りするお店の様子は、力まない暮らしの匂い。

量り売りの店先

 もう陽も廻り、この町の後にと決めていた元興寺に立ち寄る。極楽坊の行基葺きの屋根から下りてくる 仄かな風を頬に受け、暫く甍を見上げ続ける。その背中が穏やかに撫でられる気がする。まさか猿沢の 采女か?西日を額に受けながら駅に向かう私の心は、凪いでいた。

女ひとり集落をゆく
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